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平成18年1月11日
L 柏木長宜
新年あけましておめでとうございます。皆様ご家族共々お健やかに新年を迎えられたことと思います。昨年10月13日に秋田山王LCもCN30周年記念式典を終える事が出来ましたが29年間LCに大変おせわになって来た者として感深いものがあります。30周年迄の間に数多くの会員の方々が入会したり、又、事情に依り退会された会員もおります。不幸にして亡くなられた会員の方を含め、その時その時のお顔やありし日の姿が走馬灯の様に私の頭の中を駆け巡ります。それ故ここらで秋田山王LCの誕生時を振り返り温故知新ではありませんが、これからの秋田山王LCの永続の参考になればと思い記載させていただきました。 私が知るかぎり秋田市の官庁街にLCを作ろうと複数のLCの会員の中より有志が数名集い、その方々が核となり声を掛け合い仲間を増やし44名の会員を持って1975年3月22日秋田矢留LCをスポンサークラブとし秋田蕗LCと合同で秋田産業会館にて合同結成式を行ったそうです。1口に44名と言いましても当時は1業種1名が1LC会員構成の基準であったはず故、核となられた方々のご努力はLCの誓いを遵守する優秀な会員を見つけ出すのに大変ご苦労されたことと思います。今の時代に逆行する言い方でお叱りを受けるかも知れませんが奉仕の志のあるものは誰でも良いという時代ではなかったからです。それ故に今思えばまとまりの良いLCであったと確信しております。 さて、秋田山王LC・CNは1975年10月12日平安閣にておこなわれた訳ですが、その時点では会員が46名となっております。 初代会長、L井上千代吉(当時67才)幹事、L堀江重久(44才)会計、L阿久津 武(53才)第1副会長、L村上十郎(51才)第2副会長、寺田成實(50才)第3副会長、L滝 広明(52才)にて秋田山王LCとしての第1歩を踏み出した訳です。私は翌年に入会しましたが、私の記憶の中で活発にクラブを持ち上げようとした役員以外の会員を年齢順に上げてみますと、L小西恭平(59才)L藤原敏雄(55才)L船山忠重(55才)L東海林広司(55才)L小松浅之(53才)L塚本三郎(47才)L大門俊雄(47才)L森川昭吾(45才)L佐藤昭三(45才)そして若手ではL辻 悌五郎(43才)L三浦祥助(43才)L古仲美喜夫(42才)L藤原毅久(41才)L山口光夫(40才)L今野邦義(35才)L後藤 一(27才)L金子慎吾(26才)各氏が思い浮かびます。上記の会員のほとんどは奉仕活動や家族例会そして記念式典には必ず奥様の出席は常でした。兎角50代の人達のチームワークが良くて他クラブに負けじと私達若手を統率してくれました。 当時332−E地区は秋田と山形の両県でそれをなしておりましたが、県内の大会並びに式典はむろんの事、山形で行われる行事にも柏木「あべ」の一声で出席しなければなりませんでしたし、会計(43才)10周年会長(47才)もこれまた一声での任命でした。第1も第2も副もあったもんではなく、まさしく問答無用の世界だったと思います。 しかし必ずフォローを忘れない素晴らしい先輩達だったことは認めます。冒頭CMに年齢を入れたのは50代前後の人達が核となって素晴らしいまとまりのあるLCを形成されたことを意味する為であり、当秋田山王LCにも50代の会員が現在約20名おります。その人達がよく話し合い新しい秋田山王LCの核となって我々を引っ張って行ってくれる事を願うものであります。適語ではないかも知れませんが昔、企業経営者のことばに「企業の進歩に、最も害をなすものは、青年の過失ではなくて、老人の跋扈である」企業も組織、LCも組織です。LCを良く認識した上で、失敗を恐れず人生で最も活力ある50代会員に新しい時代の秋田山王LCを託したいと私は思います。会員の権利は皆平等です。しかし核となる人達が居なければ盛上りのないクラブで時を重ねるだけで、クラブ全体に虚脱感が生じていきます。なにとぞ秋田山王LCの将来を見据えるに50代会員の統率に期待してやみません。おわりに今年も秋田山王LC会員の社業のご繁栄とご健勝をご祈念申し上げます。
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