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秋田市立豊岩中学校 武藤 育郁
「辛い」という漢字に「一」という字を足すと「幸せ」という字になると、母が言っていました。「辛い」という字に「一」を足すということはどういうことなのでしょう。なにを足すと「幸せ」になるのでしょうか。9年前、僕の妹が生まれました。しかし、仮死状態で生まれたことが原因で「脳性麻痺」という障害をもっていました。
当時、まだ5歳だった僕は、事の重大さは知らずに、妹ができたことのうれしさしかありませんでした。
それから数年後、僕は妹のことについて母から聞かされました。とてもショックでした。「なぜ、妹だけがこんなことになるのか」。と心のそこからこみ上げてくるくやしさで、埋め尽くされた思いでした。
そんな中、両親と妹の三人は、イギリスに向かいました。妹にあったリハビリや指導法を学ぶためです。帰国後、妹のリハビリが本格的に始まりました。「早く治ってほしい、絶対治してやる」という思いで毎日毎日、家族全員で取り組みました。
妹が三歳ごろになると、自分の感情を表すようになり、両親は、同年代の子どもたちと触れ合うことを願って、幼稚園に入れました。妹は幼稚園に通うことが楽しくなり、その気持が、言葉にこそ表せないものの、顔の表情やしぐさで分りました。
しかし、こんな楽しい時に、妹は突然の死を迎えてしまいました。5年間という短い一生でしたが、妹はその一生を全力で走りきったと思います。
そんな中で僕は「幸せ」とは何かと考えるようになりました。今、世の中は、せっかく生まれてきたのに親に愛されずに、虐待されたり殺されたりする子供もいます。その子供は「不幸せ」というしかありません。テレビでそんなニュースを目にするたびに、「妹は障害を持ち、早くなくなってしまった。辛いことも多かったけれども、みんなに大事にされ、かわいがられたことを思えば「幸せ」だったのではないか」と母は言います。
妹を亡くした時は僕も家族も、とても「辛く幸せ」でした。しかし、今「不幸せだ」という思いで生活をしているかといえばそれは違います。なぜなら「幸せ」の意味を別の角度からもみられるようになったからです。それは、人間の「幸せ」や「不幸せ」は目にみえている形だけでなく、目の見えない所にもあるからです。妹は、目にみえない大事なことを教えてくれました。それは「家族の絆」です。妹が生まれ、そして亡くなるまで、どんな苦労があっても、家族一人一人ががんばって、そのがんばりを家族全員で支え合ってきました。その「家族の絆」は、妹が亡くなっても、しっかり残っています。そして、妹は家族の一人として変わりなく、家族全員の心の中に存在しているのです。
また、妹のことを通して、同じような環境の人たちや、その家族の気持をわかるようになりました。これらのことが、「辛さ」という字に一つ足されたものだと思います。
「一」という字を足すと「幸せ」になるというのですが、この「一」はとても大きく、深く、広いものなのです。
その意味で、僕も家族も「幸せ」といえるかもしれません。僕はこの「幸せ」を大切にして、これからの人生を歩んでいきたいと思っています。
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