「ライオン鳥海編集局の一年を振り返って」

 2017-2018のライオン鳥海05-06月号を六月末に発行してこの一年のライオン鳥海編集局としての一年は終わった。
 この間、田崎宏明Lと加藤重広Lには、ライオン鳥海編集局次長として大変ご難儀をおかけしました。


 田崎次長には、月ごとのアクティビティのまとめや裏表紙のシリーズものとしての「ジオパークシリーズ」、加藤次長には特に専門の写真の部分について担当していただきました。
 シリーズものとしての、「ジオパークシリーズ」は毎回取材もからませての記事作成なので、本当にご難儀をかけたと、感謝の思いでいっぱいです。
 ライオン鳥海の発行には、まずは編集方針や編集日程、掲載内容や担当などを決め、次の編集会議まで何をやって、どのような結果になったのか等を、綿密に打ち合わせをし、発行まで3〜4回編集会議を重ね、ライオン鳥海は出来上がります。出来上がって又すぐに編集会議ですが、まずは前回発行した鳥海の反省、問題点、良かった点などを話し合います。そして次回の編集方針に移っていきます。
 なので、年から年中編集会議を行っておりました。
 どうしても、第一例会には間に合わせなければならないので、納期は絶対に遅れることはできませんでしたし、そのような計画を立ててきました。

 ライオン鳥海編集局では、三人でお互いに担当を決めて記事を作成してきました。田崎さんも加藤さんも、文章作成には大変長けておられ、記事作成には時間をかけずに着々と作成できる方たちで、時間のない期間中に、本当にその才能を生かしていただき、本当に助かりました。
又、表紙のカラーの部分については、皆さんご存知のように、川尻孝紀Lに担当していただき、素晴らしい写真の素材を提供していただきました。332−F地区内でも川尻Lの写真の評価は高く、ライオン鳥海編集局としても自慢の表紙でした。
また、キャビネット事務局の田中・貝塚の両職員には、ライオン鳥海発行の裏方として万全のフォローをしていただきました。事務局あっての編集局なのです。

 私もライオン鳥海編集局として、一番最初は高橋昌一ガバナーから始まり、三浦利治ガバナー、鍋島喜隆ガバナー、そして今回の高堂裕ガバナーで4回の編集局を経験しました。今後は、又2リジョンで受ける機会がありましたら、今度は若い次長経験者を一杯育ててまいりましたので、次の世代に局長をお願いして、私は一線から外れて協力したいと思っております。
 この一年の協力していただいた皆様、又一年の間、無事に事故なく発行できたことに感謝をし、この文章を獅子吼に残したいと思います。 ありがとうございました。

熊谷正司 記 平成30年7月10日

左から加藤次長、熊谷局長、田崎次長

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