昭和の日を迎えて          寺田 成実

今日4月29日は、昭和天皇御誕生106年の記念日です。 大正15年3月23日誕生

の小生にとってはこの昭和年代はまさに私の生涯であり、平成の時代に入っても忘れる事

の出来ない昭和63年間です。今日は総社神社で行われた、ツバサ広業(株)主催の御生誕記

念祭と第16回特別攻撃隊招魂祭に参加してきました。終戦時に特攻隊員であったり

関係者と思われる年配の方方が百人ほど参加されていました。主催者枡谷健夫ツバサ広業会長

も昭和20年3月に長崎県川棚基地で特攻隊に配属、終戦で無事生還し、事業を起こして英霊

に感謝招魂の大事業を、現在まで継続してこられました。総社神社には秋田県出身の56柱の

「忠魂の碑」を建立、又「特攻隊写真碑」も建てられました。中中出来ることではありません。

同時期同様の経験者であった小生も心から敬意と感謝を申上げるものです。当日は同じく特攻隊

員であった藤本光男氏が(追悼の言葉)を述べられましたが、

大勢の同期生を特攻で失われた同氏の言葉には胸を打つものが在りました。フランスの

作家であり大臣で来日経験もある、アンドレ・マルローの言葉を引用して「特攻隊は祖国を憂うる貴

い情熱があるだけで代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがある。

祖国と家族を想う一念から、恐怖も生えの執着も総て乗り越えて潔く敵艦に体当たりした

精神と行為の中に、男の崇高な美学を見るのだ」と。彼らの死を無駄にするか、単なる

犠牲者にするかは今生きているわれわれに懸かっていると想います。と結ばれました。

時代は今憲法改正、国民投票など、又教育の遣り直しなど論議が盛んですが、「昭和の日

を迎えて改めて自分と家族と地域社会と日本国家を考えてみる一日にしたいと想いました。

特に小生は 暁6169部隊(石巻基地)に入隊、遠く山口県仙崎港で特攻訓練とは名ばかり

(石長船舶旭特攻隊が魚雷艇無く船も無い)満州からの大豆を漁船で輸送する仕事で終戦、恥ず

かしく帰郷したとき、夕焼け空の霊峰鳥海山から生きる啓示を受けて立直ったが結局、何も恩返

しする事無く、馬齢を重ねクラブの奉仕活動で生かされているだけで自責の念で一杯です。

 

     写真は当日の招魂祭の模様です。{秋田山王の野鳥の絵も左側に見える}